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    徳次は水際につないである船の所に行き着く前にもう褌ふんどしとシャツ一枚の半裸体になつていた。衣類をくるくると円めて、帯でひつ括くゝるなり、ぽんと手前にはふり出して、いきなりざぶざぶと河の中に入つて行つた。船体を蔽つてあつた帆布をめくりとる、敷板を上げる、ロープを片づける、その後は船体の水洗ひだ。

    向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。

    房一の竿に最初のやつが掛つた。

    「さうです、さうです。さつきも少し遠乗りをやりましてね。帰つて来たばかりなんです。どうしてもこの辺は馬ででもないと、用達しが不便でしてね。町へもこれで出かけます」

    気がつくと、ふしぎな位人影がちつとも見えなかつた。よく乾いた路がのんびりとした曲り工合を見せて前方を走つていた。部落のとつつきの石垣の突き出た農家の先を曲ると急に家並びが見えて来た。

    房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。

    「おい、ビールは冷やしてあるかい」

    さう答へながら、房一はふいに、競馬場で会つた相沢のことを、そのとき彼が何だか意味ありげに云ひのこして去つた言葉を思ひ出した。

    「うむ、判る?――ね?」

    小谷は相手にされなかつたやうに感じてちよつと顔をしかめた。が、しばらくすると又声をかけた。

    今の家は比較的街に近くて、この上もなく閑静だ。私の書斎の下は音無川で、一方は水田であり、自分の家の物音以外は殆ど音というものがない。その上、温泉もあるというから、非常にぬるい温泉だと仲介者も差配も家主も念には念を入れてダメを押したのを承知の上で越してきた。

    万事の設備不完全なるは、一々数え立てるまでもないが、肝腎の風呂場とても今日のようなタイル張りや人造石の建築は見られない。どこの風呂場も板張りである。普通の銭湯とちがって温泉であるから、板の間がとかくにぬらぬらする。近来は千人風呂とかプールとか唱えて、競って浴槽を大きく作る傾きがあるが、むかしの浴槽はみな狭い。畢竟ひっきょう、浴客の少かったためでもあろうが、どこの浴槽も比較的に狭いので、多人数がこみ合った場合には頗る窮屈であった。

    それは背広姿に、遠目にもはつきりと判る緑色のソフトをかぶつた男であつた。

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